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【 豊竹山城少掾 続長唄のうたひ方序文 】

(2023.03.01)
提供者:ね太郎
 杵屋栄蔵著 続長唄のうたひ方 1932.4.20 創元社発行
 
 序
 珍しく春の淡雪が積つたある日、石割松太郎氏が見えられて、携へ来られた杵屋栄蔵師著さるゝ「続長唄のうたひ方」の校正刷を示されて、これに序せよとの御下命でした。--飛んでもない!私どもは、床に登つて見台を前にしてこそ、皆様にお目見得を致しますが、人様の高著に序文などとはとお断りしませうとしたのでしたが、校正刷を拝見すると、他流とはいへ、同じ声曲に携はる者の、今日の時節に当りて、述べておきたい申しておきたいと、私どもが思ふ丁度ソノ事柄が--長唄においてのソノ事柄が述べられてゐます。
 私どもの義太夫節にありても、昔はかうであつた。が、かう節が崩れて来た。かう三味線が複雑化した、--と申しますが如く時世につれて浄るりの「風」に変遷がある。それらの事ども、申せば、吾々浄るりの先名人上手達の残された「斯道の恒産」を、今日にして整理しておいたらばなアと常に思つてをります。--が、固より私は力が及びませんがそれでも幼い時から聴覚えた事を、整理しておく事は斯道の旧きを温ぬる道において、吾々の為さねばならぬ一事だと考へてをります。丁度ソノ事柄--長唄におけるソノ事柄がこゝに述べられてゐる。羨ましい事だと、つい申上げてしまひました。--ソノ事をソノまゝに書けよ、それが序文だとの仰せに、臍の緒切つて始めての序文件の如しと、書付けまする。
  昭和七年三月十三日夜    文楽座にて
                  豊竹古靱太夫