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【 初代 鶴沢清六之塚 】

(2023.01.19)
提供者:ね太郎
 太棹 87号 口絵
初代 鶴沢清六之塚
 初代鶴沢清六の塚が桜餅で有名な向島の長明寺にあるといふ事が神田の一愛好家松本氏から大阪の清六師の許へ通知があつたので、同師は今回東上を機に此の先人の塚に詣でた。
 塚は七回忌に相当する明治十七年五月に建てられたもので、裏書の連名中にある鶴沢きくといふのは初代の愛娘で、先代津太夫に嫁ぎ、今の清六師の養母である。どうした事か、きく女は今の清六師に此塚の話をしなかつたさうで、同師は今まで何も知らずにゐて、今度偶然参詣の出来た事をいたく喜んでゐる。
 写真は即ちその塚で、表には二代鶴沢清六建、補川助和合連、朝日連、語楽連とあり、裏には世相門人竹本播磨太夫、豊竹米太夫、竹本伊勢太夫、同筆太夫、同津太夫(先代)鶴沢鶴右衛門、花沢巴蝶、鶴沢糸鳳軒(鶴澤徳太郎といふ人にて北海道に没す、徳太郎は今の清六師の前名)稲本マス、鶴沢キク、江間栄三郎の連名がある。
 写真の如く埋れた塚は清六師に依て早速修繕され、去る廿一日改めて津太夫師相連れ立て参詣した。なほ二代鶴沢清六の塚は今戸の長昌寺にあります。(写真は修繕前の塚にて、向て左より鶴沢清六・同清若・富取芳河士)(本者写真部撮影)