こりや聞所お石様

 

―妹背山婦女庭訓―

小松原の段

打過ぎながら振返り見合す顔も清舟と互に月よ花の香の、こぼるる愛につっくりと思ひに悩む立ち姿。

「ホウ過ぎゆかれし其方の父、太宰の小弐とわが父とは故あって遺恨ある家、その息女とは夢にも知らず只今の為体」「そんならお前に添ふことはなりませぬかハアヽヽヽヽ」はっとばかりに早涙。

問はれて辛き物語「其方も聞き及ばれん、蘇我の蝦夷子威勢に誇り、わが娘橘姫を后に立てんとかねての望み、わらはは君に思はれ参らせ、夜の御殿昼の亭、暫しもお傍を離れぬ猜み、父鎌足様を讒言して大内を遠ざけ何方にお渡りありともこの身さへ露知らず。それ故父の隠家を尋ね求め身を隠し姿を変へる身の望み、ただ見遁しに頼むぞ」と跡は涙にくれ給ふ。
 

・声色大会にならないこと。

・久我之助と雛鳥の文字通り「一目惚れ」、床と手摺によって見事描出されるかどうか。前回大阪では転けているだけに如何。

・玄蕃にそれと知られた後の両人の詞。

・采女の哀切。
 
 

(参考:S44.2東京国立)

 
蝦夷子館の段

われも一緒にこの雪と、ともに未来の道連れ」と上着を脱げば墨染のけさより積る広庭の雪に座をしめ合掌し、このまゝ此処に埋れて死なんと誓う貞心は天に通じて降りしきる膝も袂も白妙に色香盛りの黒髪も八十の姥と疑はる。
 

・松香喜左衛門で問題ないはず。

・めどの方貞女の衷情、伝われば大成功。
 

 


 
猿沢池の段

淡海は官女を制し「急いで還御」と先に立つ、
 

・今回はここだけ二段目が挟まるという…。

・淡海の怜悧な官吏としての取り捌き、描出できるか?


 
鹿殺しの段
 
・バンビのぬいぐるみではないことを祈る。

 
掛乞の段

「ムヽこの切紙は色紙の形さては歌か」とつく々々眺めハテ珍しき五つ文字。書き出し一つ米代六十六、去年の霜月残る銀、これは恋歌とも思はれず」「イヤ恋も恋、借銭乞ぢゃ、
 

・三輪喜一朗、詞が動いて面白かろう。

・この三十一文字で笑いが来るかどうか。35年前の客席にはその素地があったが…。


 
万歳の段

姿は地下に落ちながら心の官位右近衛の、中将淡海公する々々と立出で「兼秋公、

 政常卿、

君にもます々々叡慮めでたく御渡り、これと云ふも芝六夫婦が親切、

 虎の口の御難を遁れ、この家に匿ひ奉れども、

計らざる入鹿が乱、

 帝の御耳に達しては、いよいよ御悩も重らんと、何事も包み隠し、たゞ太平の容(すがた)にもてなし、

御目盲させ給ふを幸ひ、このあばら家をやはり禁裏の御殿の中と偽りすかし参らするわれ々々が気苦労、この上ながらお悟りなきやうに」と詞半の破れ畳「出御なり」と警蹕の声諸共に押開くる明障子の御格子に御痛はしや天皇は、この賤が家とは夢にだに白平絹に緋の袴、褥に玉座なりければ各々シイと公卿たち威儀を正して拝謁ある。

 配膳の典侍(すけ)あちやの局、四方の御盤、平戸焼の茶碗、土器、そのまゝに、下がる御膳を淡海押しとめ、「朝餉昼の御膳(もの)、少しばかり召し上られ、今夕の供御はお手も付かず、このまゝ下げよと勅諚か、さてはお料理が御機嫌に叶はぬか、ヱヽ不調法な、御膳番の大隅大炊頭、急度申しつけん」と立たんとするを、「ヤヨ淡海、さな心痛めそよ。膳番の者の罪ならず、両眼暗き病(やま)ふの上、采女が別れの嘆きに沈み、思へば詮無き心の迷ひ、不徳の君と下げしまん、恥かしさよ。
 

爰は常寧殿よな、それに詰めしは誰々ぞ」「ハア大納言兼秋、

 右大弁政常、

その他参議、中将、百官百司残らず参内仕る

 ヱヽ御目だに明きらかならば、遠方の御幸はならずとも、この内裏のうちにても見所は様々、その障子の絵絹には桐に鳳凰、見事な彩色、上段の絵は、竹林の七賢、また清涼殿の廊下より、奥の間の四季、杉戸には蘆に鷹、雪に梅、種種色々の名画名筆、モ毎日見ても飽かぬ御殿、オヽそれよ初春にもならざるに、梅壺の梅今を盛り、君の御目も開かるべき、瑞相にて候」と、誠しやかに奏聞有れば、「実(げに)さこそ。十善の位には、即きながら、この九重の内だにも見ること叶はぬ常闇の、御裳(みもすそ)川の流れを穢す我が誤りのなすところ。

誠にこの月は内侍所の御神楽、

 かねて修礼(しゆらい)もあるべし、

病平癒の祈なれば楽人どもを召出し寿の管絃を始めよ、早とく々々」と仰せに恟り「ハッ々々」とばかり、俄に管絃の才覚も、出でて返らぬ綸言の冷汗ながら「ハア々々これはよき思召し、楽は何がよかろうぞ、環城楽か、武徳楽か、楽人只今おっつけこれへ、エヽ何として遅参致す」と立端のしほに芝六が手をひいて門に出で「サテ迷惑な勅諚、俄に管絃のお望み、例へ出来るにしてからが笛大鼓で騒ざ立てては忽ち人に御在処を知らるる難儀、なんと智恵はあるまいか」「智恵というて私らがてこに負へぬ楽とやら舞とやら、一体お前がこんな内で太平楽をおっしゃるからじゃ、オヽなんとこれはどうあらう、私は暫く広瀬に居た故べれ々々万歳を覚えています。坊主めに舞はして私が小鼓、管絃の代りになるまいか、素袍烏帽子がなけれど、そこらはかぐれ様の一徳。常のなりでも」「大事ない々々オヽそれ究竟」と御前にいで「楽人延引仕るうち広瀬村の万歳滝ロヘ参り候、梅の早咲きと申し春に先立ち参るも吉左右、庭上にて千秋万歳相勤めさせ候はん、ソレ御免なるぞ始めませい」と仰せもあいに愛らしく、時の幸ひ才若の扇開いて万歳と有難かりけるわが君の御悩しづまり御目も開き給ひけるは誠にめでたう侍ひける、昔の京は難波の京、中の京と申すは志賀辛崎の松の色、変はりしものはわが身の有様、君は変はらせ給ふなと千年の齢奉る。忠臣の柱は月卿雲客、日本の柱は日天子、三本の柱は左近右近の花橘、四本の柱は紫宸殿、五本の柱は五畿内安全、八重九重の内までも治り靡く君が代の千代に八千代にさざれ石の祝ひ寿き申すにぞ、甚だ叡感おはしまし「いしくも祝しつる物かな、誰か有る禄取らせよ、管絃糸竹も祝儀は同じ、今日の舞楽の事終れば百官百司も退出あれ、朕も夜の殿に入らん、思へば我は斯くの如く錦繍羅綾の内に座し民の艱苦を露知らず、徳なうして栄華にふける神の照覧勿体なや」と御身の事は知りたまわず民を憐む御詞、各々顔を見合せて額に涙の天が下、暫し入御なし奉る。芝六跡にさし寄って「仰せつけられた彼の爪黒の牝鹿

 近辺の山々尋ねてもさて少ない物、これまでつひに見当らず、

やう々々昨日見つけ出し、念なう射止め乳の下の血汐を絞り壷に認めおきました」「ヲゝ大儀々々、正に天下の用に立つる得がたき鹿の手に入ること偏におことが忠義の働き、父内大臣鎌足とくより入鹿が乱を察し、罪なくして身退き興福寺のうしろなる山上に取籠り天皇御悩祈りの祓百日の行ひ、即ち今日が満願の終り、帝この家にましますこと先に立って知らせたれば、明暁六つの鐘を限りに密にこれへ来らるべし、その時こそ其方が勘気も赦免、改めて元の家来、玄上太郎利綱」「ハゝアこは有難し忝し、この年月の念願成就、浮木の亀とも優曇華とも、この上ながら鎌足公へお執成し仰ぎ奉る」「ヲゝ必ず気遣ひいたすな」と主従水魚の中臣氏、土に生ひても穢れなき藁屋の御殿へ入にけり。

・実は「妹背山」で最も注目すべき一段。何を隠そう染太夫場。が、現行詞章には大きな(重大な)割愛があり、左欄一字下げ朱色で補う。
・このマクラ、ヲクリの詞章「主従水魚の中臣氏、土に生ひても穢れなき藁屋の御殿へ入にけり」と見事に呼応する。一段を決めるのは、二の音を核とした音遣い、そしてアゴの使い方。
 
 
 
 

 
 
・この一段、淡海より芝六より天智帝が語られるかどうかである。

・「御痛はしや天皇は」以下、二の音とアゴ遣い。「公卿たち」以下はセメて。
 

・ここの省略により、天智帝が文字通り「太平楽」な人物と捉えらてしまいかねない。自らの不徳を厳しく省みる帝の詞に、こちらはもう身を正しくするばかりであるのに。強さと深みのある低音に、慈悲深い帝の性根は判然である。なお、配膳の件の地は重厚かつ沈潜とした音遣いで、淡海の詞は高めの早足で語る、と興味は尽きない。(なお、省略部分は綱喜左衛門の奏演を参考とした。)
 
 
 
 
 
 
 

・この省略も残念な限りである。右近衛中将(帝近くに侍る若きエリートの華麗な官職。そう、「ベルバラ」のオスカルは近衛准将…)である淡海の配慮が、鮮やかな詞の運びに表現される。そして、その直後の地、帝の衷心衷情が痛切に響くのだ。
 
 
 
 
 
 

・上記省略部分を聞けば、これが「迷惑な勅諚」であるとは決して感じられないであろう。それをかく言うのは、淡海の様々な苦心の末にもかかわらず発せられたからである。

・芝六の詞は「千本桜」銀平の詞を彷彿とさせる。智仁勇兼備の立派な武士が庶民と身をやつす際の常套表現でもあろう。

・淡海と芝六のやりとりが面白い。両者の詞の間と足取りの違いに注目。

・万歳は確かに耳目を引き付けるが、この一段が文字通り「万歳」の印象しか残らなかった場合、明らかに失敗である。

・はなはだしい省略があるものの、いやあるがゆえに一層、この天智帝の詞が最重要となる。そして地、「徳なうして栄華にふける神の照覧勿体なや」は高音で荘重かつ優美でもある音遣い、琴線に響いてくる。涙を催さぬ者はないはずである(そうでない方には、グリーンカードの取得をお勧めする)。

・「各々顔を見合せて額に涙の天が下、暫し入御なし奉る」染太夫風がよくわかる。このフシもたまらない。
 

・「改めて元の家来、玄上太郎利綱」淡海の位が描出される詞と音遣い。

・「土に生ひても穢れなき」「藁屋の」この足取りと間の変化、実に面白い。

(参考の床、語り終えて盆が廻る前後で「呂大夫」と掛け声が入っている。個人的なファンのものではない。出来したからだ。ちなみに三味線は重造である。)
 


 
芝六忠義の段

小耳に『はっ』と三作が「コレ杉松、兄が頼むこと聞いてたもるか、この状を持っての、大儀ながら興福寺の門を叩いて寺中へ差上げますと言うて渡して来てたも」「そんなら合点ぢゃ、往てこう」とすかさるるのもすかすのも年より賢き杉松が状懐にちょか々々走り、見送る兄が書き残す筆の命毛器用なが仇と白地の神ならぬ、

「ムゝ、実に一命を差出し頼まるゝ程の玄上太郎、とは言ひながら今は草木にも心置かるゝ此時節、すはといはゞ用捨はならず、御前へ参って返事を待つ」と心許さぬ関の戸は破れ障子のつゞくりも反古にせじと間に合ひ紙、かき集めたる胸のうち、母の心を三作もともに案ずる折からに、

出御ざふ」と奏聞の声に応じて淡海公、御手を取って立ち出ずる折から向ふ鏡の光、朝日の影に輝きて、忽ち御目も明らかに、「ナウ懐しの帝様、采女これに」と走り寄り、互に床しき物語り御恋仲も畏れあり「ヤア々太郎、汝が射たる爪黒の鹿は入鹿が調伏にて、やがて太平万乗の御代しろし召す暫くも民間に落ち給ひしは、天より地中に落ち給う是ぞ稀なる天智帝、御目もまさに秋の田の刈穂の庵の仮御殿、木の丸殿へ准へて今日出陣の城廓に悪魔追伏興福寺は、わが藤原の氏の寺、いざ是より臨幸」と
 

・大渋の二段目切場、詞章が完全形(綱弥七の奏演)ならばよいのだが。

・三作が小利口になることなく、哀感があるかどうか。
 (ちなみに、左の詞章はカットのある不完全なもの。)
 
 

・ここの音遣い、変化、実に面白いところである。
 
 

・鎌足は孔明首である。遙か高みから物語全体を司る、その格が出せるか。


 
太宰館の段

「イヤ小癪な。そこ退いてはや通せ」「まかりならぬ」と根に持つ遺恨、互ひに折れぬ老木の柳。
 

「オヽ云ふにゃ及ぶ」とあたりなる生け置く桜の一枝押っ取り、「得心すれば栄える花、背くにおいては忽ちに、まろが威勢の嵐にあて、マッこのほとり」と欄に、はっしと打折り落花微塵。『はっ』とばかりに親々の、心もともに、散乱せり。

かの穆王が龍馬に勝れし、稀代の名馬、吉野の牧より狩出したる、その馬引け」と広庭へ引出させ、欄より、ひらりと打乗り、名馬の勇み。手綱かいくり、しと々々々々。轡の音はりんりん々々。綸言誰か背くべき。大地狭しと馬上の勢ひ、刻むひずめも街のこだま「いそふれ、やっ」と出陣の駒をはやめて、
 

・英清友にとっては、もう手慣れたものであろう。

・「互ひに折れぬ」と「老木の柳」、この両立実は至難である。
 

・入鹿の恐ろしき威勢ここにあり。
 
 

・段切、心地良く大きく解放感あふれるはず。


 
山の段

かけり行く。古への神代の昔山跡の国は都の始めにて、妹背の始め山々の中を流るる吉野川。塵も芥も花の山。実に世に遊ぶ歌人の言の葉草の捨所。

比は弥生の初つかた、こなたの亭には雛鳥の気を慰めの雛祭、桃の節句の備へ物、萩のこは飯こしもとの、小菊ききょうが配膳の腰も、すふはり春風に柳の、楊枝はし近く

狼狽た捌召るな」とまじり、くしゃつく茨道。

此花は八重一重、互ひに不和なる親々の、心揃はぬ二つの花、一つ枝に取結び、切放すにはなされぬ悪縁の仇花。今そなたの心次第で、当時入鹿大臣の深山颪おろしに吹散され、久我之助はコレ腹を切ねば成ぬぞや。
 

・今回第一の聞き物。感動も保証済。

・染太夫風。ただし肩肘張るのではない。
 

・春太夫風。大ぶりな伸びやかさが出せるか。
 

・大判事はここで。

・定高ここでぐっと来れば。


 
井戸替の段

「引いたりや々々々々ナ」「オゝ」「引いたりやナ」「オゝ」文月七日、例年の水を新(さら)井に繰り返す釣瓶の綱も三輪の里。酒商売の世杉屋が身過ぎの水の内井戸を、わけて祝ひの賑はしき。

イヤ時に子太郎。俺は貴様に内々で頼まにゃならぬことがある。マア々々ここへ」と小声になり、「門の戸はあけっぱなしたままぢゃ、見る人も聞く人もたんとある。さてまあ、方々で噂を聞けばここのお娘は器量好し。あんなお娘と添臥しの、身は家主の、あほうぞと、月夜も闇夜も無茶苦茶に色をしょうとて、お姿を見るとガタ々々胴ぶるひ。魂ぬけて中風病み、よう利くほれ薬があるなら百とこ買って来ておくれ」と子太郎そばに引き寄せて、おがみ倒すぞ阿呆らしき。「ムそんなら、こちのお三輪はんには御執心でござりますか」と問はれてもなほもひげむちゃ顔。「よその男はいさ知らず、家主のあられもない、お三輪にほれたといふことが嘘いつはりには云はれうか」「フウンそのお言葉に違ひなくば、なんぞ確かな頼みの印それを見た上でお仲だち」
 

・杉酒屋は本来ここから語れば切場に準ずるところである。

・井戸替、今となっては民俗学的資料としての貴重さのみか。
 

・「堀川」と「十種香」のパロディーだが、もはや客席が反応せず、それ故に近年カットされる事多し、時代なる哉。


 
杉酒屋の段

動くまいぞ」と身構へに、なにかは知らず白絹の姫は外へと出で行くを、とめる求馬に、またすがる娘を、押分け母親は、「求馬やらじ」と引止め繋ぐ手と手を、しがらみの風に揉まるる争ひに、子太郎立出で見廻して、『これ幸ひ』と母親の帯にしっかりくくったる縄先、桶の呑み口にゆひ付け納戸へ逃げて入る。こなたは互ひに恋ひ慕ひ姿乱るる姫百合の、手を振りきれば、一時に乱れて走るを、母親が、『遣らじ』と追へば繋ぎ縄、力む拍手に呑み口抜け酒は滝津瀬びっくり敗亡三人門へ遅れじと、同じ思ひを跡やさき、道を慕うて追うて行く。
 

・嶋大夫清介で堪能されよう。

・段切の変化に富んだ面白さといい、十分に切場を喰える一段。


 
道行恋苧環

やつるゝ所体恥かしと、おもかげ隠す薄衣に、包めど香り橘姫、

成程切なる志、仇に思はじさりながら、さほど焦がるゝ恋路にて、昼をば何と鳥羽玉の、夜ばかりなる通ひ路は、いと不審なり名所を、聞いたる上はこなたより、二世の固めは願ふ事、あかさせ給へ

思ひ乱るヽすゝき蔭、それとお三輪は走り寄り、なかを隔てゝ立つ柳、立ち退く袂引き止め
 

・「千本道行」よりも味わい深い情感がある、はず。

・橘姫、「恥」「隠」「薄」「包」があって「香」である。

・求馬、若男の色気が出せるかどうか。
 

・お三輪、「乱」「走」「柳」だがもちろんヒロインである。


 
鱶七上使の段

ドリャ何処でなと一寝入りやってこまそ」と伸び上がり「エヽ腰が重い筈よ。この大小。らっちもないものを差さしておこして、あた面倒な」と縁板へぐわたりと、鳴るは合図かと。突き出す鎗はしのすすき。構はずころりひぢ枕。不敵なりける男なり。
 

・伊達団七、お手の物。

・「不敵なりける男なり」が床と手摺で描出されれば文句なし。


 
姫戻りの段

されば恋する身ぞつらや。出づるも入るも忍ぶ草。

めい々々、庭につどひおり、しをり開いて入れ参らせ、「おいとしや、々々、御所のお庭の内さへもつひにおひろひなされぬに、恋なればこそかちはだし、さぞ朝露でお裾もぬれん。こうちぎに召させかへん」と立ち寄って、

「なるほどお道理。ごもっとも。生きて居るほど思ひの種。お手にかかるがせめての本望。かういふ内もお姿やお顔を見れば輪廻が残る、サア々々殺して下さんせ」と刃を待ったる覚悟の合掌。

二つの道にからまれし。この身はいかなる報いぞ」と忍び歎いておはせしが、
 

・初演の春太夫はここからと思われる。ヲクリからして違う。魅力的な端場。

・このマクラでこの一段が決まる、橘姫。優美で艶やかな半太夫である。

・足取りなど実に面白いところ。
 
 

・橘姫の性根はここにあり。
 

・いい節付け、床の聞かせ所。


 
金殿の段

行き交ふ女中見咎めて、一人が留むれば二人立ち、三人四人いつの間に、友呼ぶ千鳥むら々々と、こゝかしこから寄りたかり、「ついし見馴れぬ女子ぢゃが、そなたは誰ぢゃ。何者ぢゃ」

「ホヽヽその訳語らん。よっく聞け。
 

・咲燕二郎で成功は見えている。

・この女中の出で、一段の雰囲気がわかるはず。
 

・以下鱶七の詞ノリ、ここで大きく解放されるかどうか。


 
入鹿誅伐の段

橘姫は手疵も忘れ

鎌足後につっと寄り神通希代の焼鎌に水もたまらずかき切ったる。首はそのまゝ虚空に上り火焔をくわっと吐きかけ々々飛鳥の如くかけ回る一念の程ぞ怖しき。
 

・物語の大団円まで付ける通し狂言は今や希少価値。

・これで橘姫も報われるというもの。

・鎌足の神業と入鹿の奇怪さの対比。「畏怖」と「恐怖」。