こりや聞所お石様

 

―本朝廿四孝―

(参考:「日本古典全書・近松半二集」)
足利館大広間の段

春は曙漸く白く成り行くまゝに、雪間の若菜青やかに摘み出でつゝ、霞立ちたる花の頃は更なり。さればあやしの賤までも己々が品に付き、寿祝ふ年の兄、先づ咲き初むる室町の。
√御所こそ花の盛りなれ。
君は足利十二代源義晴公、武威海内に輝きてのべふす六十六つの花、豊かなる世の貢物、殊更妾の腹に御男子懐胎ありければ、猶も目出度き春ぞとて、北の方手弱女御前、相州の大守北条相模守氏時、越後の城主長尾三郎景勝、その他参勤の大小名、各々賀儀を申さるゝ。
氏時御前に謹んで、
「御先祖足利尊氏公、二つ引両の旗を以て、天下の棟梁となり給ひ、五機内は申すにおよばず八隅の外まで威勢に靡き、面を上ぐる者もなきところに、
この頃諸国に合戦起こり、就中甲斐の住人武田晴信、越後の謙信と鉾先を争ひ君命に従はざる条、上を恐れぬ振舞。その儘に差し置かるゝは、武威の薄きに似たり。いかゞ計ひ候はん」
と我は顔に言上す。
義晴、打ち点頭かせ給ひ、
「われもこの事嘆かはしく、両家和睦を調へんと、先立つて両国へこの旨申し遣はし置く。さりながら謙信が嫡子三郎景勝はとくより我に眤近し忠勤厚き武士。たゞ心得がたきは親謙信、今日まで上洛致さぬ心底いぶかしゝ。景勝いかに」
とありければ。
三郎大きに恐れ入り、
「親謙信老体の上、多病によつて引き籠り罷りあれば名代の景勝、君御召しの御詫の趣、早速申し達しつれば、上洛の日限も一両日の間は過ぎず。また晴信と不和なるは、彼家に伝へし諏訪法性の兜、隣国のよしみに借り受けしを、武田の武勇を羨むなんど下様の悪口。一徹短慮の親共、かれこれ詞戦ひより思はぬ確執となりし事、いかばかり我らが嘆き。まづ晴信を召し寄せられ君の御詞を添へられんに誰か否と申すべき」
と詞半ば、北条の家臣村上左衛門罷り出で、
「武田晴信参上」
と取り次ぐ声に、お次の襖引立烏帽子の自づから、智勇備はる甲斐の国武田大膳太夫晴信、御前間近く出仕あり。
手弱女御前の宣ふやう、
「武勇烈しき長尾武田、君の柱と思召し、両家和睦をはからせ給ふ、有難き御上意ぞや」
と、伝へ給へば義晴公、
「汝謙信と不和の基、法性の兜とやらん、武田の家の重宝とはいづれの代より伝はりし、語れ聞かん」
と仰せける。晴信取りあへず、
「さん候もとこの兜は我らが氏神、諏訪明神より夢のうちに賜はつて、明神の使はしめ八百八狐これを守護す。神通力加はつてこれを著するたびごとに、合戦勝利を得ざることなし。越後の謙信隣国の誼(よしみ)拝せん望み黙(もだ)し難く、彼方へ持たせ遣はせしが、俗に言ふ心安きは却つて不和の基とやらん。畢竟何の詮なき争ひ、晴信に於ていさゝかも、御諚に漏るゝことあらじ」
と、おとなしやかに述べらるれば、
北条氏時進み出で、
「コレ晴信、予て親しみある甲斐越後、故もなき合戦は東八ケ国を騒動させ、その虚に乗りて大将の御所を騒がす言合せならん。野心なき言訳、聞かん//」
と詰めかくる。
主の尾に付く村上左衛門、
「氏時公の御眼力、天晴れ黒星。ぬらりくらりのぬめた晴信、謙信の狸入道、長尾の小狐、化顕はせ」
と、何がな支へる心の底、一物ありと見てとる景勝、
「御辺は信濃国の住人、晴信謙信合戦の節も、隣国の加勢に事寄せ両国をしてやらんと召されしかど、底意知れずとはかりし故、まづ御辺から攻め討ちしに、牛蒡程な尾を振つてはふ//に逃げられしが、都へ上り氏時殿にこびへつらひ食客の陪臣奉公。その無念を晴らさんと、我々が中を裂きたがる御辺達が出過ぎの助言、すつこんでおゐやれ」
と一口にやり込められ、頬を赤めて閉口す。
北の方声うるはしく、
「両家の争ひ鎮むるには弓矢の力に叶はぬ事。景勝の妹に八重垣姫とて聞こゆる美人、武田には勝頼とて年頃同じ子のあるよし。軍を直に縁の端、我が君の御媒。幸ひ今日のこの嶋台、仲睦まじう致されよ」
といと畏る御計ひ。
「コハ冥加なき御仲立、君が仰せの甲斐あつて、互ひに力越後の国」
中を結びし大将の、詞は木曽の梯や、踏み固めたる足利の家の栄えぞ
 

 (参考:S44.10東京国立)
 
・今回の通し狂言、詞章カットの見直しは行われていないのであろうか。
 だとすれば、大序には二ヶ所の要復旧部分があるゆえ、朱書で補う。
 
 
 
 
 

・二引両の旗は、三段目の詰における最重要のアイテムである。
 この通し狂言の奇数を貫く心棒を抜いては、大序の意味がないのだ。
 (ちなみに、「旗」の意味については、
  象徴性
  を参照されたい。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

・そして、通し狂言の偶数を織り成すのは、諏訪法性の兜である。
 ところが、今や八重垣姫に神通力を与える一道具に成り下がっている。
 四段目詰で収まるにも、大序でのこの一節が不可欠なのは当然である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 


 
足利館奥御殿の段
 
咲き分けし梅と桜の花よりも、…、詞しがらむから糸の、心も直江山城に繋がる縁の縁伝ひ
 
直江が手元じつと引き寄せ
 
「ヤレ待ち給へ」と手弱女御前
 
 
 
「わが愛着もこれ限り、身をば大事に平産せよ」と打つてかへたる御仰せ
 
袴の肩もきつとせし、眼の中鋭き術ある人相
 
 
狙ひ外さぬ義晴公、『うん』とばかりに息絶えたり
 
襖をさつと武田晴信
 
「ヤア怖くもない義清風」
 
 
 
・冒頭、直江山城の色模様、性根の一つを描出できるか。
 
・賤の方のクドキは偽りだが、それを感じさせない色気が必要。
 
・手弱女御前の格、智恵、捌き方(室町御所が平穏なのはこの人がいるから)。
 義晴横死後の詞章「心乱さぬ手弱女御前」「泣かぬはさすが大将の奥床しくぞ見えにける」も重要。
 
・義晴はお人好し(空っぽだが大きい)君主である(カシラは定の進)。
 
・井上新左衛門(斎藤道三)の不審、不気味、
 とりわけ鉄砲の語りは大きさ、強さが必要。
 
・義晴暗殺後の急展開、景勝、晴信それぞれ性根に応じた違いがある。
 
・孔明の信玄、鬼一の謙信、口明き文七の氏時、語り分けが眼目。
 
・段切、直江山城の颯爽たる武士の働きで気持ち良く締められるかどうか。 

 
諏訪明神百度石の段
 
(口)
商人百姓草刈の小童まで
 
「女子たらしで生白けたしやつ面」
 
(奥)
御灯の光しん//と神さび渡る
 
博奕打には似合はぬ横蔵
 
生まれついたる大名風
 
穴を穿つてぬつと出る白髪交り有髪の老人
 
「テ思ひ合ふた頼みぢやな。汝も」「御辺も」
 
 
 
 
・ツメ人形のおもしろさ。活写できるか。
 
・簑作の大切な性根、世話に語る。
 
 
・奥のマクラ情景描写で静まる。
 
・本性を掴んだ描出が必要。
 
・景勝の器量。下駄場への伏線。
 
・石下より登場の老人、天下(雨が下)を狙う器量の象徴としての菅簑。
 
・横蔵と老人と互いに譲らぬ面白さ。
 

 
信玄館の段
 
落葉角助、掃兵衛が、引きずる箒打水に
  
 
 
・奴の語り口、軽妙さと語り分けと。
 

 
村上義清上使の段
 
思ひなき身の思ひ子を、思ひ侘びたる御気色
 
のつさ//と入り来たる上使は聞こゆる村上義清
 
 
 
・常盤井御前の格と母としての思い。
 
・村上の権柄無慈悲の描出。
 

 
勝頼切腹の段
 
濡衣が、今は恨みを朝顔に言はん方なき憂身やと、声をも立てず忍び泣き
無漸なりける姿にも、武士の角立つ角前髪
母は駆け出で、「オヽよう止めてたもつたなう…」
 
かゝる事とも白洲の内、怪しの辻駕籠えいさつさ、跡に続いて板垣兵部
 
 
切り込む刀かい潜り、鍔元しつかと片手に握り
 
「サその訳語らん、よつく聞け」
 
 
 
・濡衣のクドキ第一、勝頼の覚悟第二、母の情愛第三。
(前半、陰気で辛気くさいという印象で終始しなければ上々)
 
 
・後半から場面が動き出す。
 兵部は虎王カシラだが善人へのモドリも注目。
 
・簑作は世話だが、兵部の剣を受けるなど颯爽たる武士勝頼の描写も必要。
 
・信玄物語から段切まで動きもあり面白いが二段目の格を逸脱せぬよう。
 

 
桔梗原の段
 
(口)
高坂弾正が妻の唐織、越名弾正が女房入江
  
(奥)
こゝに信州筑摩郡の辺に住む
 
慈悲蔵といふ者あり
 
名は慈悲蔵の慈悲もなく
 
 
「高坂殿、暫く」と、声をかけたる立派の侍
 
 
 
 
・老け女形と八汐カシラとの語り分け。
 
 
・マクラ荘重にして直江山城を暗示する。
 
・慈悲蔵から世話にくだける。
 
・この詞章に収斂される苦衷知るべし。
 捨て子、親の思い・哀感しみじみと十分抒情的に。
 
・丸目の金時越名弾正、たまらなく面白いし大きい。
 (参考公演は黒衣だが際立つ遣い方、先代勘十郎であった。流石の一言。)
 高坂の孔明カシラとの対比も際立つ。
 

 
景勝下駄の段
 
ゆゝしけれ
 
音も吹雪に高足駄、踏み分け尋ね来る人は長尾三郎景勝
 
 
 
・重厚な三重で始まる、染太夫風典型の一段。
 
・ここからが眼目。
 が、ここまで実は情味ある語り場で十分な仕込みが必要。
 

 
勘助住家の段
 
(前)
無法無轍をしにせにて名も横蔵の筋違道
匂ふ留木の高坂が妻と知らせて
「ハア、ハツ」と立ち上がり、我が子を取つて引き放し
女房立ち寄つて、「ヤア峰松か、戻つたか」と飛び立つばかり
 
(後)
窺ふ忍び足。早や日も暮に近づきて
 
眠れる花の死顔に
  
 
 
 
・横蔵、唐織、慈悲蔵、そして何よりお種が観客の心と同期振幅するかどうか。
 (俗に云ふ、筍の段の三難とは「解らぬ」と、「六ケ敷い」と、「前に受けぬ」と三ツである。『素人講釈』)
 
 
 
・大きさ、痛快、解放感、時代物三段目切場後半の典型なり。
 
・段切、峰松の悲哀をきちんと含ませることも重要
 

 
道行似合女夫丸
 
偽りの、文字を分くれば人の為、身の為ならず恋ならず、心なけれど濡衣が亡き夫の名も勝頼に、伴ふ人も勝頼といふて由ある二人連れ
 
 
 
・この道行の真髄はこの冒頭の詞章に尽きる。
 しかも初冬、花も散り果ての道中、濡衣の悲哀がすべてと言っていい  。
 それが美しい旋律の通奏低音となっていること。
 

 
和田別所化性屋敷の段(約24分)

√はらしける
見渡せばみな白妙の和田の山。雪の下伏す獣狩、村上左衛門義清が華麗を尽くす狩装束。山案内の狩人召連れ、得物を勢子に荷はせて、和田の別所に立帰り。悠々とうち通り、
「アヽ冷える//、世の諺に違はず、犬骨折つてたかの知れたるこの得物。北条殿のこの下屋敷を預る某、今日の猪狩(しゝがり)も私の遊興でない。諏訪明神の神使は年ふる白狐。信玄これを信仰して武運を祈ると伝へ聞く。何とぞこの狐を狩取って、信玄がいをひしいでくれんと思へども、神通得たる白狐にてなかなか手易くうち得難し。その方どもも心を付け、万一白狐を射留めたらば莫大の恩賞せん。その旨きつと心得よ」
と、火鉢にあたりかんかんと下知する折柄。おくればせに飯山郡太(いいやまぐんた)息をはかりに立帰り、それと見るより頭を下げ、
「我が君に別れてより、ここの山陰かしこの茂り、おのれ何でも搦めてやらんと、眼を配つて見渡すところ、高嶋の坂中にて、狐に勝れし女の曲者、生捕つて参上致す」
「ナニ女を生捕つたとは、必定敵方の紛れ者。幸ひ新身(あらみ)の刀試、胴切にしてくれん。これへ引け」
と詞の下、引立て出づる、さを鹿のこれも夫恋ふ女と見え、都育ちのぼつとり風。女好きの左衛門大口くわつとよく見れば、恋ひこがれたる腰元八つ橋。そのまま抱きつきたいところ、家来の手前仁体作り、
「ホヽウ郡太いしくもしたりな。コリヤ女近う寄つて身が顔を見い。ナコレ村上ぢや//。おれを慕うてはるばるのところを能うおぢやつたなうと、いふところなれどこゝは主人の下屋敷。アレ多くの家来どもがナヽ合点か。コリヤ者どもこの女今夜身が寝間に引据ゑ、新身の段平物を以て、臍の下を試して見ん。寝所に土壇の用意、急げやつ」
と片頬に皺面(じふめん)片頬に細目。邪魔を払うて、
「コレ恋人、そもじのことを明暮れにうつら//と恋ひこがれ、待ちに待つた念が届いて、今日こゝへおぢやつたは偏(ひとへ)に諏訪明神の引合はせ。今日から身が奥。たゞしは嫌か。サヽヽヽどうぢや//」
としなだれかゝり、抱きつけば振り放し、
「私はお主のお行衛を尋ね、これより東(あづま)へ行かねばならず。お志は有難けれど、今は帰して給はれ」
と涙ぐめば、
「そりやならぬ。言ふこと聞かねば百層倍で仇する左衛門、それでも嫌か。なんと//」
といへど答も泣き入る八つ橋。
「エヽしぶとい女め。嫌でも応でも抱いて寝る。寝所へ来い」
と引立て行く。俄に家鳴震動して、庭の植込ざわ//と風に煽つて蝋燭の、火かげに見れば燭台に目鼻あり//。朝顔のあしたに咲いて、夕べには、露の命も恋ゆゑならば、儘よてんぼの皮巾着。珊瑚の珠の目を光らし、腰にもつれて寄添へば。村上ぎよつとし、
「コリヤ何ぢや。フウ聞えた、今日山狩の狐狸、我に仇する憎つくい四つ足。目に物見せん」
と燭台蹴飛し、こなたへ退けば、衝立に描きし二股大根が、
「マア待たしやんせ、村上さん。わしを見捨てて行こうとは、そりや曲がない胴欲な。大根大根と沢山さうに、言はれて肌の美しい、天満、田辺や宮の前、甲子の日は神の棚、大黒様に思はれて、後は浅漬けおむし漬け、膾船場煮香の物、つらい辛苦は桶の中、石の重しはしつくりと、締めて絡みし肌と肌、何に漬けてもこの身ほど、可愛がられてその癖に、丸い蕪に侮られ、長し短し今宵の契り、雨の降る夜はいや増す恋よ、恋の手管は堤の傍に乱れ乱れし青菜の葛。こりや掘り出したお敵の、鍬にかかりや繋がる縁の綱。引けばまたもや待合の半鐘のうなり、くわんくわん鑵子。おのれ」
と歩む飛び石の、目鼻しかめて跳ね上がれば、戸障子襖ぐわた////。さすがの村上気を奪はれ、眼くらんでよろ//と、どうど伏したる村上が形計りはあり//と、玄関広間大座敷、書院床の間お成りの間、有つる女も消失せて、館と見えしは信濃路の雪降りつもる和田の山。吹雪ばかりや残るらん。
「返せ返せ、迷子の殿様かやせ。かへせ//」
と高桃燈に太鼓鐘、
「舛の麁忽な大名の、殿様返せ」
と大勢が、尋ね吟(さまよ)ひ出で来たり。
「何と化介よ、わりや何と思ふぞい。昨日の山狩りから殿様が知れぬとは、どうしたものであろう」
「サイヤイ、今頃はむさい物を小豆餅ぢやと思し召して、喰はされてござろ」
「イヤイヤ案じて居ても事が済まぬ。うさんなはこの萱原、捜して見よう」
と足軽ども、
「そこよこゝよ」
と雪かき分くる萱の影。
「人こそあれ」
と、桃燈てんでに、見れば見るほど、
「紛ひもなき迷子の殿様」
「申し//迷子の子の殿様いなう」
と、声に気のつく村上左衛門。むつくと起きたるその形(なり)は、筵袴に竹大小反(そり)うち廻して大音上げ、
「それへ来るは武田信玄。かくいふは信濃の住人、村上左衛門義清が留めたやらぬ//」
と呼ばはつたり。
「ア申し//。私はお草履取の化介でござります」
と抱き止むれば、
「ムムアヽ八つ橋か。やれ//恋しゆかしとこがれた恋人。手に手を取つて帰ろやれ」
足先を爪立て、ちよこ//と爪立てゝ、行かんとするを、家来どもよつてたかつて乗物に、尋ね逢うたる太鼓鐘、はやし立てはやし立て、
「迷子の殿様取返した。返した//」
お先手を振る迷子の子。逢うてめでたき信濃路の、薄萱原踏み分けて、いなうやれ我が故郷へ
 

 
・「床本集」に未収録のため、掲載しておく(予習用にも)。
 ただし、チャリ場であるから、劇場初見で楽しむのも一興か。

・今回は、呂勢喜一朗の役場。
 芸に幅が加わり一段進歩するか否か、試金石ともなる一段。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

・丸本マクラの奴連中による百物語、中程での二人弾正の絡みはカット。
 二股大根を入れ事にし、チャリ場として耳目に楽しい演出になっている。


 
謙信館の段
 
「暫く待つた長尾謙信、奥方よりの御上意あり」と呼ばはる声
 
跡見送つて関兵衛は、謙信の前に手をつかへ
  
 
 
・前半(景勝上使)は謙信、景勝に関兵衛、簑作が絡んで面白いところ。
 
・後半(鉄砲渡し)は切場へ繋ぐためか駒太夫風に色付け改変されている。
 (が、詞章からしても感心できない。思い切って再改曲もありか?)
 

 
十種香の段
 
臥所へ行く水の
  
 
 
・ともかく、ヲクリからして四段目金襖物だと決まるもの。
 (以下、芸談等多々存在するため省略する。)
 

 
奥庭狐火の段

此方の間には手弱女御前、始終の様子窺ふともいさ白菊の花の番、小屋にとつくと関兵衛がつけ回しても神通力、花の間に//見えつ隠れつ神去る狐。
「南無三宝」
とせき立つ関兵衛、狙ひの的は手弱女御前、どつさり響く鉄砲の音を合図に遠近(おちこち)より、俄に響く鐘太鼓乱調に打ち立つれば、騒がぬ関兵衛広庭に仁王立ち。程なく馳せ来る雑兵ばら『われ討ち取らん』とひしめいたり。
「ヤアしをらしき有財餓鬼、この世の暇取らさん」
と、だんびらするりと抜き放し、当たる任せに薙ぎ立て//、御殿をさして
 

(八重垣姫が汚く叫ばないように。) 

・大序を付けた通し狂言なら、少なくとも四段目詰までは出すべきである。
 八重垣姫が下手へ入った後、背景を描いた幕を下ろす。床は御簾内。
 手弱女御前は出さず、関兵衛の独壇場。不敵さと大きさを要する。


 
道三最期の段(約18分)

√行先の
間ごと//はしん//と、灯火消えて音せぬは、敵の油断折こそよけれ、烏帽子素袍も忍び入る、時の用にぞ大広間、咎むる人も長廊下長袴の、裾差し足に、御座の間近く窺ふ関兵衛。『怪し』とかねて勝頼が、透かせど見えぬ真の闇。『人こそあれ』と身を避くれば、こなたも避くる彼方の一間。立ち塞がつたる三郎景勝、やり過ごして駆け入るを、袖引ちぎれば手に触る下の腹巻。
「スハ曲者」
と組み付く景勝小手返し。ひらりと付け入る勝頼を、
「さしつたり」
と真の当て、たぢ////と後じさり。騒がぬ大胆仕すまし顔、人を欺く坂東声、
「大将の御座近く帯剣の武士叶ひ申さず。銘々詰所の当番大切に致されよ」
と、そらさぬ体にしづ//と猶奥深く行く所を。
「ヤア//美濃国住人、斎藤入道道三、止まれやつ」
と声かけられ、肝に応へて駈戻り、辺りをきつと大音声。
「ヤアラ訝かしや。三十年来跡をくらまし、包み隠せしわが本名、斎藤道三と呼んだるは、そも何奴ぞ対面せん」
と、広縁先に枯木立、景勝、勝頼、前後を囲ひ、逃げば切らんと詰めかくる。後の襖さつと開け、
「武田の忠臣山本勘助、叛逆人の詮議を遂げん」
と、悠然と立出づる。続いて近習諸大名、御殿広間も燭台に、一度に輝く灯の光。逃れん方こそなかりけれ。
されどもちつ共臆せぬえせ者、
「ヤア長尾謙信のこの城へ、日頃不和なる武田の家臣、山本勘助とやらんのさばり来るも心得ず。叛逆人の詮議とは、誰が詮議それ聞かう」
「ホヽウ匹夫下郎の分として、天下に仇する汝が本名、知つたる子細はこの一品。『七重八重、花は咲けども山吹の、みの一つだになきぞ悲しき』この簑覚えがあらうがな。諏訪明神の力石、出会ふた横蔵、珍しい対面するなあ。この歌は汝が先祖、太田道潅が連ねし一首『みの一つだになきぞ悲しき』とは、足利殿に攻め落とされ、美濃国を切り取られしその鬱憤にて義晴公を鉄砲にて、打ち奉る叛逆人の張本。美濃国の道三と、顕はす簑は身の破滅。最前打つたる鉄砲の術、覚えし者は汝一人。我と我が身の白状明白、あらがふな斎藤」
と、大地を見抜く詞の石火矢。三人中へ取り込めて、
「何と//」
ときめつくれば。
「ホヽさすがは勘助よく見付けた。我が先祖道潅は、謙信の先祖上杉が槍先にかゝつて死したる恨みの本は足利の武将、頼つて殺さんそのために、北条氏時に賄し、心を合はせやす//と、義晴は打つたれども、忘れ形見の松寿丸、今日この館へ来るは幸ひ、奪ひ取つて人質とし、謙信信玄氏時をも皆殺し。一天四海を掌握するこの道三、汝等が手にはいつかないかな。義晴を殺した鉄砲で、手弱女御前もぶち殺した。サア松寿丸をこれへ出し、降参せよ」
と睨め付くる、
「ホヽウ根強く仕込みし謀叛人。かゝる危き敵の中へ、足利の公達が深々と来たり給はんや。松寿丸の御入りと、偽り来たはこの勘助。最前鉄砲にて打たれ給ふ、手弱女御前の御死顔、とくと拝見仕れ」
と、投げ出す女の切首、押取つてよく見れば、
「ヤアこりや娘の濡衣か。コハ//如何に」
と顛動半乱。
「エヽ口惜しや奇怪や。数十年の鬱憤を、一時に散ぜんと思ひしに、勝頼が恩に引かされて、敵方へ巻き込まれ、大望あるこの親に、よくも不覚を取らせしな。憎い女が死様や」
と、首を打ち付け歯ぎしみ歯切り、注ぐ涙は諏訪の海一度に溶くる如くなり。
「ヤア返らぬ繰言絶体絶命。尋常に縄かゝれ」
と、両人一度に立ちかゝる。
「シヤ物々し道三が、死物狂ひ」
と立ち上がる、弓手の脇坪はつしと射る。白羽の矢先は長尾謙信、威風烈しき眼中に、道三どつかと座を組んで、引き抜く鏃わが腹に、ぐつと突き立て目を見開き、
「先祖より遺恨ある上杉が子孫、謙信の矢先にかゝるは、我が運命の尽きる所。本国を切り取られ、美濃一つだになかりし無念。美濃尾張両国を従へ、終には国家を握らんと思ひしが、我が身の終りとなりたるか。及ばぬ望みに足利の、武将を打つたるその天罰。信玄謙信仲悪しく見せかけしも、我を見出だす計略とは、今まで知らざる心の浅はか。最後に魂改むるこの世の餞別。北条が城郭の案内は、某つぶさに伝へ申さん。元来相州小田原の城、堀深うして塀高く、要害一の名城なれば、容易くは落つべからず。霞晴れたる時節を窺ひ、箱根山より見下ろせば、敵地の構へよく知るべし」
「オヽその時に謙信が家の軍法細作の、犬を入れ置き後ろより」
「勘助これにと切つて出で、烽火を合図に甲斐越後、諸軍一度に矢先を揃へ」
「指詰め、引き詰め、射るならば」
「さしも堅固の城なりとも、直ぐに乗取り氏時が」
「首を巷に晒さんは道三が、老後の思ひ出、さらば//」
と引き廻す。心も清き武士の、死しても残す名の誉れ、家の誉れと法性の、今ぞ兜を甲州へ、戻す両家の確執も、納まる婚礼三々九度。勝色見する紅梅の色ある勝頼勇ある景勝道三が、仇も恨みも晴れ渡る、諏訪の湖徒渡り、夜もしのゝめに晴渡る。甲斐と越後の両将とその名を、今に残しける
 

 
 
・柝とともに幕を切って落とすと大広間。御簾は下り、襖は閉じている。
 出語り、三重で始まる。
・下手から烏帽子大紋に改めた斎藤道三(関兵衛)。
 天下を狙う大舅カシラ、「長袴の」コハリ、大胆不敵とはかくあるべし。
・続いて勝頼が後を付け、上手からは景勝が登場。ともに裃姿で肩脱ぎ。
 が、詞章の如く二人の若者などものともせず、正面で極まる。
 ここは床の語り(弾き)分け如何で、まず実力がわかるところ。
 

・道三、烏帽子を取り、大紋を脱ぐ。
 
 
 

・山本勘助、裃姿で登場。詞には格が必要。

・この省略もまた詞章を読まぬ典型例。
 これでは段切まで「真の闇」中でのやりとりとなる。笑止千万。
 「続いて近習諸大名」これだけカットすべきだった。
 
 

・「出会ふた横蔵、珍しい対面するなあ」ここは品格を除いて語る。

・これで大序からの鉄砲の件が解決する。
 ここを出さずに大序だけ出すのは、推理小説を途中で放り出すようなもの。
 
 
 
 
 
 
 
 

・勘助は全く動じない。冷静沈着かつ格を保って語り続ける。
 
 
 

・「エヽ口惜しや奇怪や」一杯。

・無念の涙はもちろん娘の死に注がれている。
 
 

・長尾謙信、襖を開け弓を携えて登場、屋台上手側へ収まる。
 勘助は屋台下手へ移動。
 
 
 

・「堀深うして」から詞ノリ。

・以下、謙信、勘助、勝頼、景勝の順で割台詞し極まる。
 屋台に二人、下に道三を中央にして三人、鮮やかな様式美。
 
 

・謙信、法性の兜を持って中央へ、勝頼が屋台下で受け取る。道三絶命。

・ここの詞章省略は、夜明けを単なる情景描写と判断したためか。
 「晴渡る」はもとより心象風景にして、
 狂言全体の解決を示す光でもあるのだが…。