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【 木谷蓬吟 文楽今昔譚 】

(2007.6.10掲載)

 木谷蓬吟 文楽今昔譚 (1929.12.26)をpdfファイル化したものです。


表紙

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見返し、扉
大序のことば大序
[挨拶][挨拶]
[七功神] 
    [p4参照]
[七功神]
目次目次
義太夫生る
  百姓の子で天狗鼻
01
三都の浄瑠璃
  浮雲、播磨、加賀
05
竹本座の旗揚
  浄瑠璃革命の烽火上る
10
敵は師匠
  老芸術家の悲哀涙の義太夫
12
苦節の十八年
  欠損つゞきの興行
14
曾根崎心中上演
  新しい現代語の試み
19
出語りの始
  竹田近江、出雲との提携
23
六十四歳を一期
  義太夫終焉と墓地
27
二代目義太夫の鴻業
  二十四歳で櫓下となる
29
近松の死と
  享保大火に絡む因縁話
34
竹田出雲と周囲の人々
  忠臣藏初興行の騒ぎ
36
竹本座遂に崩壊
  文三郎脱退、近江の驕奢
43
豊竹座退転
  これも越前少掾の奢りから
46
植村文楽軒大阪へ来る
  文楽座の始まり因講創立事情
49
説教讃語座とは?
  文楽座との大激戦 
    [因講他国儀定記p53 説経者由緒p55]
53
役者は何匹太夫は何人
  天保の大改革と芸人の位置 
    [浄瑠璃関係者所有家屋覚えp60]
57
清水町浜興行の賑ひ
  やはり文楽座が中心
63
子供首振り芝居の流行
  変態興行物の一種
67
巨匠長門太夫の生涯
  逢阪の道普請 
    [長尾太夫自叙伝『睦佳詩野志雄里(むかしのしおり)』p74-83]
70
越前少掾死後の豊竹派
  明治維新迄 
    [浄瑠璃三業仲間申合規則設立の儀御願p83,87]
84
維新前後の浄瑠璃界
  明治初年を境界線 
    [壬申十月二十一日御布令 申第三百七号p89-90]
88
初代竹本長尾太夫 
    [自叙伝『睦佳詩野志雄里(むかしのしおり)』p92-106]
92
九軒の長門太夫(四代目)
  大著述家で故実考証家
106
左官の綱太夫(六代目)
  全身刺青の美音家
107
馬方彌太夫(四代目)
  端場専門の牛声
108
大兵大力の春太夫(五代目)
  湯屋の三助から櫓下まで
109
文藻の染太夫(六代目)
  三十冊の自叙伝
110
豊竹三光齋
  高野の小僧から出た
111
チヤリ語りの山城掾
  『日本一滑稽物語』の大看板
112
チャリ浄瑠璃のこと
  語つた人、作つた人 
    [浄瑠璃三業仲間規則p115,117,135,149,154]
113
素人浄瑠璃の名手
  玄人も教へを乞ふた
116
三味線弾きの名人かす/\118
手すりの二名家
  玉造と紋十郎
122
血の出るやうな難行苦行
  浄瑠璃道修験者の体験
126
活歴流行の余響
  附改作ばやり
131
新作浄瑠璃
  同じく新作曲
134
文楽対立派の消長 
    [約定一札之事p137、為取替申約定一札之事p18]
136
文楽座始めて松竹に移る
  その前後の事情
143
明治時代の名人(中期以降)150
文楽座興行年表年表
奥付奥付

提供者:ね太郎